30年(移転新装オープン)

7年目に入った頃 最悪の経営状態になりました

5人いたスタッフは全て辞め、そして誰も居なくなった状態です、そんな時いつも支えてくれたのがお客様でした。拭き掃除を手伝ってくれたり、タオルの洗濯を手伝ってくれたり、本当に感謝の気持ちでいっぱいでした。それと同時に 私はいったい何をやっているんだ❗って自分への怒りと苛立ちで毎日苦しく長い日々でしたね

身内にはまた元の半分に縮小するか、閉店して 就職するか、その2つの選択を提案されましたね。そりゃもちろんです、テナント料も払えないぐらい追い込まれていましたから

私ももちろん考えました 毎日考えましたよ

でも、どんなに考えてもそのどちらの選択も私にはどうしても嫌なものでした。

ある日夜眠れない時、自分が働くのだったら どんなサロンがいいのか 眠くなるまでとことん書き出しました。

そして次の日それを今度はスタッフさんの声だと思って 見てみました。

とんでもなく無理そうな事ばかり( ;´・ω・`) でもこれを少しずつでも叶えて行く事が私がやるべき事なんだ❗って思ったんですよね

私は20代最後の決断をしましたね~今までと同じ事を繰り返さないように

全ての仕組み 就業規則を作り直し閉店も 縮小もせず 移転を選択しました

それは大成功でした。今までとはレベルの違うスタッフが集まり 私の新たなる30代が始まりました。

 

30年(初めての改装)

赤ん坊は春がもうそこまで来ている頃 お迎えに来ましたね~

その頃には首もすわって 表情もでてきて、私の顔を見ると笑うんですよねぇ

チラッとですが、もしかするとこの子は私が育てる方が幸せなのかも なんて思ってしまいましたが、ちゃんと産みの親に返しました。

5年目の頃ですか、店も少しずつ安定して

しかしスタッフは安定せず、私はモヤモヤに悩む日々でした。

そんな時、店の隣のテナントが空いたんです、私は壁をぶち破り 倍の広さにして  一気にスタッフを5人雇用して新しい形を作る事にしました。砂糖を噛ったり、前借りをしたり、赤ん坊を置き去りにされたり、そんなんじゃなくて、ちゃんとした美容室がやりたいんですよ。

やりましたよ 広くなって、スタッフも増えて、しかし

私の選択が間違いだった事にその2年後に気付くんですよね。

 

30年[初めての子育て]

オープンして4年を過ぎた頃ですかね

新しいスタッフMさんが就職してくれました。私よりキャリアの長いスタイリストで

お客様の対応もとても気配り 目配りができる人でした。

明るく人懐こい彼女は、直ぐにお客様にも溶け込んでくれました が、

一つ気がかりだったのは、彼女妊娠していたんです、元々ポッチャリの彼女は

それほど目立たなかったんですよね、まだ未婚で妊娠経験の無い私は

いつまで働けて、どう対応していいのかさっぱり分かりませんでした。

雇用体型もあまり整っていなかったんですから?

とにかく彼女自信に聞きながら気遣うしかできませんでしたね。

しかし、もう3人目の子だと言う彼女はへっちゃらで、かなりギリギリまで働いてくれました。確かお正月の3日頃に男の子を出産したんですよね。

暫くの間はお休みして子育てに奮闘する彼女です、私はその当時のスタッフさんと二人で店を切り盛りしていました。最初の二人のスタッフはもういません。

そんな中2月のある寒い夜 その日が突然来たんですよ

当時 掛川で一人暮らししていた私のアパートに 訪ねて来たのは 産まれて間もない赤ん坊を抱いたMさんでした。赤ん坊は唇がなんだか紫色で寒そうにバスタオルにくるまれていました。詳しい事情も聞く間もなく、とにかく部屋の中に入れて赤ん坊の寝床をこしらえ 赤ん坊を寝かせていると、玄関で何やらガサゴソ音がして

[スミマセン その子一晩預かって下さい]って 声が、慌てて えっ👀⁉

玄関に行ったんですが、もうMさんの姿は無く 私は産まれたばかりの赤ん坊と二人っきりに、玄関には一晩ではとても使いきれないほどの ミルクの缶やオムツ お風呂の温度計まで( ゚д゚)ポカーン

明日からどうしよう😖💧 赤ん坊の顔見てもなんにも答えてくれないし

とにかくこの子を育てなきゃ❗まずは赤ん坊を抱いた状態で体重計に乗って、そこから自分の体重を引いて、赤ん坊の体重を把握した ミルクの缶の後ろに分量が書いてある泣いたらあげてみよう、オムツのあてかたもイメージできた お風呂は温度計の目印に設定するわけか なんとかなりそうだ 問題はこの子をどうやって車に乗せて店まで連れて行けばいいのか?⁉それも私の車 当時フェアレディZでしたから

でもなんとかやっちゃいました。毎日Zに赤ん坊を乗せて店に出勤して

ミルク飲ませて、オムツ替えて、お風呂入れて、育てるしかないでしょ

よくやりましたよ。( ;´・ω・`