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30年(結婚、出産)

移転新装オープンは大成功に歩き初め 新卒の子達も次々と就職してくれました   30代の新たなるスタートとなり、上手く転がり始めると 今まで中々上手くいかなかった事が 嘘のように上手く転がり始めるんですよね

それから2年後には 縁あって、自身の結婚 その翌年には娘を出産  初めて自分が母になって、気付く事が山程ありました。今だにそうですが、

そして出産の為に店を離れている間に、驚く程スタッフさん達が成長していました

自分がいない方が、人は育つのか?って思った。 その勢いは留まる事無く

気付いたら、店の椅子が足りない状況に、これから育つ皆の為にもなんとかしなければ前とは違う良い形で頭を悩めましたね~

そして 2号店として西郷店をオープンしました。娘がまだ10ヶ月の頃でしたね

あれから20年今年娘も成人式を無事に終え、その日を最後に 西郷店を閉店しました

何でこうなったのかな~ どこからどう変わったのかな~と 丁度閉店の決断をした頃今まで書き留めた 独り言ブログも 文字化けして全て消え失せたところで

良い機会だ❗って自分の30年を振り返ってみました。

が、30年ってけっこう長いですよね まだ西郷店オープンの頃迄しか書き留められないまま、先月閉店しました。

20年間 ご愛顧いただき、ありがとうございました。

もう少し 後20年を思い出して書き留めてみますかね

30年(移転新装オープン)

7年目に入った頃 最悪の経営状態になりました

5人いたスタッフは全て辞め、そして誰も居なくなった状態です、そんな時いつも支えてくれたのがお客様でした。拭き掃除を手伝ってくれたり、タオルの洗濯を手伝ってくれたり、本当に感謝の気持ちでいっぱいでした。それと同時に 私はいったい何をやっているんだ❗って自分への怒りと苛立ちで毎日苦しく長い日々でしたね

身内にはまた元の半分に縮小するか、閉店して 就職するか、その2つの選択を提案されましたね。そりゃもちろんです、テナント料も払えないぐらい追い込まれていましたから

私ももちろん考えました 毎日考えましたよ

でも、どんなに考えてもそのどちらの選択も私にはどうしても嫌なものでした。

ある日夜眠れない時、自分が働くのだったら どんなサロンがいいのか 眠くなるまでとことん書き出しました。

そして次の日それを今度はスタッフさんの声だと思って 見てみました。

とんでもなく無理そうな事ばかり( ;´・ω・`) でもこれを少しずつでも叶えて行く事が私がやるべき事なんだ❗って思ったんですよね

私は20代最後の決断をしましたね~今までと同じ事を繰り返さないように

全ての仕組み 就業規則を作り直し閉店も 縮小もせず 移転を選択しました

それは大成功でした。今までとはレベルの違うスタッフが集まり 私の新たなる30代が始まりました。

 

30年(初めての改装)

赤ん坊は春がもうそこまで来ている頃 お迎えに来ましたね~

その頃には首もすわって 表情もでてきて、私の顔を見ると笑うんですよねぇ

チラッとですが、もしかするとこの子は私が育てる方が幸せなのかも なんて思ってしまいましたが、ちゃんと産みの親に返しました。

5年目の頃ですか、店も少しずつ安定して

しかしスタッフは安定せず、私はモヤモヤに悩む日々でした。

そんな時、店の隣のテナントが空いたんです、私は壁をぶち破り 倍の広さにして  一気にスタッフを5人雇用して新しい形を作る事にしました。砂糖を噛ったり、前借りをしたり、赤ん坊を置き去りにされたり、そんなんじゃなくて、ちゃんとした美容室がやりたいんですよ。

やりましたよ 広くなって、スタッフも増えて、しかし

私の選択が間違いだった事にその2年後に気付くんですよね。

 

30年[初めての子育て]

オープンして4年を過ぎた頃ですかね

新しいスタッフMさんが就職してくれました。私よりキャリアの長いスタイリストで

お客様の対応もとても気配り 目配りができる人でした。

明るく人懐こい彼女は、直ぐにお客様にも溶け込んでくれました が、

一つ気がかりだったのは、彼女妊娠していたんです、元々ポッチャリの彼女は

それほど目立たなかったんですよね、まだ未婚で妊娠経験の無い私は

いつまで働けて、どう対応していいのかさっぱり分かりませんでした。

雇用体型もあまり整っていなかったんですから?

とにかく彼女自信に聞きながら気遣うしかできませんでしたね。

しかし、もう3人目の子だと言う彼女はへっちゃらで、かなりギリギリまで働いてくれました。確かお正月の3日頃に男の子を出産したんですよね。

暫くの間はお休みして子育てに奮闘する彼女です、私はその当時のスタッフさんと二人で店を切り盛りしていました。最初の二人のスタッフはもういません。

そんな中2月のある寒い夜 その日が突然来たんですよ

当時 掛川で一人暮らししていた私のアパートに 訪ねて来たのは 産まれて間もない赤ん坊を抱いたMさんでした。赤ん坊は唇がなんだか紫色で寒そうにバスタオルにくるまれていました。詳しい事情も聞く間もなく、とにかく部屋の中に入れて赤ん坊の寝床をこしらえ 赤ん坊を寝かせていると、玄関で何やらガサゴソ音がして

[スミマセン その子一晩預かって下さい]って 声が、慌てて えっ👀⁉

玄関に行ったんですが、もうMさんの姿は無く 私は産まれたばかりの赤ん坊と二人っきりに、玄関には一晩ではとても使いきれないほどの ミルクの缶やオムツ お風呂の温度計まで( ゚д゚)ポカーン

明日からどうしよう😖💧 赤ん坊の顔見てもなんにも答えてくれないし

とにかくこの子を育てなきゃ❗まずは赤ん坊を抱いた状態で体重計に乗って、そこから自分の体重を引いて、赤ん坊の体重を把握した ミルクの缶の後ろに分量が書いてある泣いたらあげてみよう、オムツのあてかたもイメージできた お風呂は温度計の目印に設定するわけか なんとかなりそうだ 問題はこの子をどうやって車に乗せて店まで連れて行けばいいのか?⁉それも私の車 当時フェアレディZでしたから

でもなんとかやっちゃいました。毎日Zに赤ん坊を乗せて店に出勤して

ミルク飲ませて、オムツ替えて、お風呂入れて、育てるしかないでしょ

よくやりましたよ。( ;´・ω・`

 

 

 

30年{初めてのPC}

当時はまだ携帯電話もあまり普及しておらず、平野ノラさんが持っている

肩から掛けるあのでっかい電話、あれはかなりリアルです。

あれを実際に肩から下げて大きな声でしゃべるおじさんを 何回か見たことがあります。[しもしも~~]とは言ってませんでしたがね😁

オープンして3年も経った頃 当時はお客様のカルテは手書きで保管していましたが どんどん増えて引き出し一杯になっています

なんとかならないものかと考えましたが丁度その頃 弟がITの勉強をしていて よく

[ね~~ちゃんこれから数年後はインターネットってのがどんどん普及して、家から出なくても、買い物も銀行手続きも、なにもかもできる時代がくるよ]って言ってました。その時は信じられませんでしたよ、買い物は見て触って買うものだと思っていましたから、さっぱり理解できなくて、でも今は本当にその通りになって 弟はそのままITバブルの波に乗っていきました

PCでの管理をスタートしようと試みた私でしたが 当時は美容室向けのソフトが全くありませんでした、顧客管理をPCでやっているところが殆どなかったんです。

そこで、無かったら作ろう❗って思ったんですよね

あるソフト会社とコラボして、当時メジャーだった{一太郎}をベースに  出来上がりました~~\(^-^)/ その後そのソフトは 関西方面で販売されたそうです。

店ではノートパソコンで一太郎をいじり 家ではマックのフォトショップとイラストレーターをいじり、私の独学のPCデビューが始まりましたね

カルテはキレイに整頓されました(^_^)v

30年(入院生活)

オープンしてからはもちろん必死でしたね

朝9時から夜の10時まで 営業していました

掛川に知り合いが一人もいない私は、その仕事が終わった後から

知り合い作りに精を出し毎晩のように飲み歩く生活を繰り返していましたね~

そんな無謀な生活を続けて3ヶ月が経った頃 とうとう天罰が😰

倒れて入院生活を送る羽目になりました

若くても倒れるんだ たった3ヶ月の砂の城になると感じましたね

入院を告げられた私は、砂の城になるのは嫌でしたよ

やっぱりね~(´ 3`)  って言われて終わりですもの

立っているのも儘ならない状態でしたが、少しだけ入院を待ってもらい

とにかく店を繋いでくれる人を探しましたよ💇

そして見つけました kさん 私が退院するまで店を彼女に託す事にしました。

そして私は病院へ 病院の玄関には車椅子を待って看護婦さんが待っていました

病院に入ると直ぐに 点滴に繋がれベッドに拘束されましたね~

高熱がでて1週間は意識朦朧でしたが、そんな中

毎夜kさんが仕事終わりに私の枕元で、[海野さ~ん 私無理かも~~]

って毎晩言ってくるんです。今思えば無理もない話しです

いきなり 店を任せられるのですから、kさんは真面目で一途な人でした。

私は意識朦朧の中 [大丈夫、どんな風にでも構わないから好きにやってください

とにかく毎日開けて 閉めてくれたらそれで充分だから]って

毎日そう伝える事しかできませんでしたね

結局私の入院は3週間続き kさんは本当によく頑張って店を守ってくれました。

退院の時 主治医の先生が言いました。

[あなたが来た時、この子死ぬかもしれないって思ったんだよ]

命迄繋いでもらった、あれから30年 元気で今でも飲んでます😅

前撮り

昨日の台風から一変 今日は最高の撮影日和

掛川城での撮影でした。今日も 超可愛いお嫁さん😆

何百件もの花嫁さんたちのお支度や前撮りをさせていただきましたが、30年前にこのイメージをしていたか?

全くしていません、するどころか こんな世界があることすら知りませんでした😅

写真を載せたいのですが、本番前には載せられないので残念( ;´・ω・`)